木本教授からのメッセージ(続き)

2. 学部4回生、大学院生、若手研究者の方へ

(「研究」を知るために、学部1-3回生の人も是非読んでください)

私は企業における研究開発を数年経験した後、大学に戻り、SiC半導体の研究に取り組んで25年が経過しました。今でこそ、SiCは高耐圧・低損失・高速の次世代パワー半導体として注目されていますが、25年前は世間から異端視される学術的好奇心に頼る研究にすぎませんでした。半導体材料の研究開発には長い時間とリソースの投入が必要です。執念ともいえる長年の努力が20年後に開花することもよくあります。研究開発は、常に未知への挑戦で、心が熱くなる仕事です。誰にでもその分野の先端を走るチャンスがあります。私の企業および大学での研究開発の経験を元に、僭越ながら、研究に着手して間もない学生さんや若手研究者の方にいくつかのメッセージを伝えさせてもらいます。

1) 現象の背景にある学理に踏み込んだ者に勝機が訪れる。
学会発表や学術論文で、何等かの条件を変化させたときに得られた結果を延々と提示するだけの発表があり、うんざりすることがあります。どのような泥臭い技術開発にも、必ず学理があります。私は25年前に硬いSiC結晶の手動研磨の技を磨きましたが、そこには、せん断応力による転位導入という材料科学がありました。酸化膜/SiC界面の窒化を行う場合、N2Oガスを用いる場合とNOガスを用いる場合で異なる結果が得られる理由も気相反応の化学平衡に起源がありました。新しい半導体材料・デバイスを研究する場合、固体物理と電子物性論、電磁気学、化学反応論などの学理を見出してほしいと願います。そこに必ず突破口のヒントがあるでしょう。

2) いつもと違うサインを見逃さない。
先端的な研究開発の現場では日常よくあることで、たとえルーティン的な仕事をしていても、装置・試料の不具合や人的要因により当初に予定していなかった実験となることがあります。そのときの結果に好奇心を持って臨んでください。仕事の効率だけを追い求めてはいけません。興味深いことに、科学技術の長い歴史を見てもブレークスルーとなるような発見の多くは、緻密な計算と考察により(計画通りに)達成されたとは言えません。むしろ、偶然とも言える現象を見逃さなかったことで大きな発見につながったことが少なくありません。当研究室でも、浅学な私が計画した研究では平凡な(予想通りの)結果が多く、逆に好奇心に満ちた学生さんが現場で異常を発見し、それを大発見につなげた例が多いのは嬉しいことです。また、装置の不具合等とは無関係に、平凡な事象の裏にとんでもない現象が隠れていることも多いです。それに気づくかどうかは、取り組む人の好奇心と観察眼によります。記憶力ではなく、動物のような感性を磨いて下さい。

3) 常識にとらわれずに挑戦する勇気を持つ。
その分野における研究開発の歴史の長短にかかわらず、“常識”や“標準”が存在します。そこに、自分が十分納得できる学理があるか?を考えて下さい。 上記の 1)とも関連しますが、物理や化学に裏打ちされた確固たる学理の体系化がない場合は、突破口のチャンスです。過去に、現在とは異なる制約条件の中で“最適化”された事実が“標準”や“常識”として横行していることが多いのが現状です。勇気を持って自分の考える解決策を提案し、実行して下さい。(上司の方には、このような提案を受け入れる度量を持ってほしいと思います。)

4) 自分の専門分野やテーマに閉じこもらない。
材料の作製や物性評価をテーマとしている人も、最終的なデバイスや回路動作を学び、その材料に求められる特性を把握して欲しい。逆に、デバイス作製や回路設計をテーマとしている人も、用いる材料の特徴や、その材料特有の問題点を把握して欲しい。材料屋、デバイス屋、回路屋の垣根を越えた議論は、必ず前進の駆動力を与えるでしょう。また、自分の専門とは異なる分野(例えば、他の材料、他用途のデバイス)の研究開発をwatchして欲しい。異分野で得られた知見や技術を活用することで、思いがけないブレークスルーに繋がることがしばしば見受けられます。

5) 基礎学問体系を深く理解する。
若い時の自由時間を利用して、是非、(10-20年後も変わらない)基礎となる学問を深く勉強して下さい。具体的には、固体物理、半導体工学、電磁気学、電子回路などです。これらの科目で「優」を取得した方でも本当に理解している人は少ないと思います(恥ずかしながら、私自身もそうでした)。「優」でなかった人も決して引け目を感じる必要はありません。勝負はこれからです。言うまでもなく、数式や定理を覚えることは重要ではありません。例えば、専門書の7章に書かれている説明が、2章や3章で述べられている内容とどのようにリンクしているのかなど、深く理解して初めて自分の身に付きます。テーマや分野が変わっても普遍の基礎体力、武器を養っておくことは、必ず自分の成長に資すると考えます。「独創の芽は、肥沃な土地にのみ育む」という名言を紹介したいと思います。

研究は常に面白く、エキサイティングです。若い皆さんは、自分の知識や経験に捕われることなく、研究を通して自分の限界に挑戦して下さい。勉学や研究が順調な人も現状に安住すると、その先の成長が停滞してしまいます。私自身、約20年前に当時の世界的権威と呼ばれる著名な2名の先生(学外)から、怠惰(一見、順調だが現状に安住していた)を徹底的に批判され奮起しました。その両先生には心から感謝しています。

「自分の限界に挑戦する」と書きましたが、言うのは易いが実行するのは容易ではありません。人間は弱い生き物です。しかし、自分の限界を突破したときに広がる、今までとは異なる風景に感動する経験を是非して欲しいと願います。

最後に、あらゆる分野で国際競争が激化している現在、資源やエネルギーに乏しい我が国が発展するためには、科学技術分野でリーダーシップを発揮する必要があります。現在、我が国が強い国際競争力を有するのは(強力なライバルが出現しているものの)、やはりエレクトロニクス分野と自動車分野です。したがって、半導体あるいは広くエレクトロニクス分野の研究開発に携わる方々は、強い自負と使命感を持ってほしいと願っています。10年後、20年後の社会を創るのは、現在、研究開発の現場で活躍している皆さんです!

木本教授からのメッセージ: 1. 学部1-3回生の方へ

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