ワイドギャップ(禁制帯幅の広い)半導体は、絶縁破壊電界強度や飽和ドリフト速度が高いという特徴があり、従来の代表的な半導体であるSiやGaAsを用いた半導体デバイスの理論限界を大きく打破する超高性能デバイスを実現可能です。禁制帯幅の広い半導体はたくさんありますが、中でも当研究室が着目し、先導的な役割を果たしているのは、SiC(炭化珪素)とGaN(窒化ガリウム)です。これらの材料が最も有望であると考える理由は以下の通りです。
- 禁制帯幅が適度に広い
(広すぎると、トランジスタの基本である(安定な)MOSFETを作製できません) - 広範囲のp型、n型の伝導性制御が可能
(他のワイドギャップ半導体は、この基本特性を得るのが難しいです) - イオン注入などの手法により、局所的な不純物ドーピングが可能
(これができないと、様々なトランジスタやダイオード構造を作製できません) - 良質の単結晶成長が可能
(高品質の単結晶はあらゆる半導体デバイスの基盤です)
* 特にSiCに関しては、上記のポイントも当研究室で開拓してきました。
(GaNのパイオニアは、ご存知のように名古屋大学の赤﨑先生、天野先生です)
SiC、GaN半導体の電子デバイスとしての応用は多岐に亘りますが、中でも社会的インパクトが大きいと期待されているのが、電力用パワーデバイスです。例えば、ハイブリッド車、電気自動車は21世紀の低公害車として期待を集めていますが、そのモータを駆動するためには、バッテリーの直流電源から周波数・電圧制御された交流を作り出す必要があります。この電力変換装置はインバータと呼ばれていますが、インバータの電力変換効率が悪いと、せっかくの電力を廃熱として無駄に消費してしまいます(現在のSiを用いた電力変換器では、約10%の電力を捨てています!)。インバータの電力変換効率を向上するためには、超低損失の半導体デバイスが必要となります。この他にもインバータ家電、電源、電車、電力系統制御などの分野で、SiCとGaNは革新的な性能向上(高効率化)と機器の小型化を達成できる「究極の省エネ半導体」として期待されています。
また、Siは集積回路応用に適した素晴らしい材料ですが、熱に弱いことが大きな弱点です。例えば、真夏にエアコンのない部屋でパソコンを操作すると、かなりの確率で誤動作が発生します。冷却がうまく働かないと、CPU内のトランジスタの温度は180℃を越えてきます。Siは200℃を越えると真性キャリア密度がドーピング密度に近づき、リーク電流が著しく増大します。250℃以上の温度で安定に動作する集積回路を実現することは本質的に困難です。しかし、SiCやGaNを用いれば、300℃以上の高温動作が可能であり、かつ不純物の熱拡散が無視できるほど小さいために、極微細構造の作製も容易です。高温動作集積回路は、自動車、航空機、資源掘削などの分野で強いニーズがあります。
現在、SiCおよびGaNパワーデバイスは電力の有効利用と我が国の産業競争力の観点で大きな注目を浴び、幸いにも日本は世界の先端を走っています(特に当研究室は、SiCの基礎研究でパイオニア的役割を果たしています)。地道な研究が実り、実用化も始まって顕著な省エネ効果を実証していますが、まだまだ本来の姿には程遠いというのが実情です。例えば、Siデバイスに比べて、本来なら300倍の性能が発揮できるはずですが、現状では20倍程度の性能で留まっています。これは、SiCやGaN特有の課題がたくさんあるからです。これらの課題を一つずつ解決し、それらの成果を集約することによって、さらに一桁の性能向上が期待されます。また、SiやGaAsの長年の研究開発と比較すると、SiC、GaNの材料研究、デバイス研究ともに学術的知見や物理的解釈が圧倒的に欠落しています。企業ができないこれらの基礎研究に取り組むのも大学が果たすべき重要なミッションです。そこで、当研究室では、豊富な研究設備と経験を活かして、SiCおよびGaN半導体の(1)材料物性、(2)デバイスの両方に関わる基礎研究を推進しています。
以下に、本研究室で取り組んでいる主なテーマを記します。
「究極の省エネ半導体SiC, GaNの物性解明と制御」
- 固有物性(移動度、不純物準位、衝突イオン化係数など)の決定
- SiC, GaN特有の物性や異方性の物理的解釈
- 点欠陥(深い準位)の性質解明と制御
- 拡張欠陥(転位、積層欠陥など)の性質解明と制御
- キャリア再結合過程、キャリア生成過程の解明
- 多角的な半導体評価手法の確立
- 高純度結晶成長と欠陥低減
- 半導体ヘテロ接合の形成と界面物性の解明
(発表論文の例)
T. Okuda et al., “Enhancement of carrier lifetime in lightly Al-doped p-type 4H-SiC epitaxial layers by combination of thermal oxidation and hydrogen annealing,” Appl. Phys. Exp., vol. 7, 085501 (2014).
H. Niwa et al., “Impact ionization coefficients in 4H-SiC toward ultrahigh-voltage power devices,” IEEE Trans. Electron Devices, vol. 62, 3326 (2015).
M. Kaneko et al., “Strain control in AlN top layer by inserting an ultrathin GaN interlayer on an AlN template coherently grown on SiC (0001) by PAMBE,” Phys. Stat. Sol. (b), vol. 253, 814 (2016).
T. Kimoto et al., “Control of carbon vacancy in SiC toward ultrahigh-voltage power devices,” Superlattices and Microstructures, vol. 99, 151 (2016).
「SiC, GaNを用いた超低損失パワーデバイスの基礎研究」
- MOSFETの性能を支配する酸化膜/半導体界面の物性解明と特性向上
- 酸化膜形成メカニズムの解明
- pn接合、ショットキー障壁の絶縁破壊メカニズムの解明
- 欠陥がデバイス特性(性能、信頼性)に与える影響の解明
- 超高耐圧(> 10 kV)ダイオードの設計と作製
- 高電流利得、高温動作バイポーラトランジスタの設計と作製
- 超高性能MOSFETの設計と作製
- 金属/半導体界面の電気的特性解析
- デバイスシミュレーションを用いた限界特性の見極め
(発表論文の例)
N. Kaji et al., “Ultrahigh-voltage SiC p-i-n diodes with improved forward characteristics,” IEEE Trans. Electron Devices, vol. 62, 374 (2015).
T. Kobayashi et al., “Interface state density of SiO2/p-type 4H-SiC (0001), (11-20) and (1-100) metal-oxide-semiconductor structures characterized by low-temperature subthreshold slopes,” Appl. Phys. Lett., vol. 108, 152108 (2016).
T. Maeda et al., “Franz-Keldysh effect in n-type GaN Schottky barrier diode under high reverse bias voltage,” Appl. Phys. Exp., vol. 9, 091002 (2016).
T. Kimoto et al., “Promise and challenges of high-voltage SiC bipolar power devices,” Energies, vol. 9, 908 (2016).